<a href="http://futuregate.exblog.jp/">futuregate.exblog.jp</a>
英国の戦争の歴史(ⅩⅥ)

英国の戦争の歴史(ⅩⅥ)
愈々、というかやっと、グレートブリテンの幕開けです。※IYOIYO(読めますか)


『清教徒革命』と『名誉革命』の2回の市民革命の経験を経て、イギリスはいよいよ議会に指導権を
シフトした成熟した「立憲君主制」に拍車がかかります。
ウイリアム3世の没後もう一人の共同統治者、メアリーの妹、アンが王位に就きます。
1707年、イングランドとスコットランドの合同法が議会で成立し、それまでの同君制度に
終止符が打たれました。
                 
b0080738_12134357.gif
アン女王


 この段階で『グレートブリテン』王国が成立します。この段階ではアイルランドはまだグレートブリテンには
含まれずに『グレートブリテンおよびアイルランド王国』という形でした。
 この時期に前後して17世紀初頭からスペイン無敵艦隊撃破による海上通商権の拡大を背景にして、
イギリスはポルトガル、スペインに遅れること100年余りで、「大航海時代」にはいって行きます。
ここからが植民地の拡大の時代の幕開けです。ヨーロッパでの戦争は相変わらず、間断なく行われており、
それのこうした形で北米大陸、インド大陸などでの勢力争いが激化します。
このあたりが以前に書いた北米植民地戦争になるわけです。
 どうにか歴史の縦糸と横糸が交わってきたと思います。これでも超はしょっています。
だんだんと現在のイギリスの原型が作られた時代に近づいていてきました。

 考えてみるとイギリスは異常とも云えるほど「ぐちゃぐちゃ」に戦争と内乱を続けてきましたが、
不思議なことに王室の系統維持には尋常でない努力を払ってきました。
 政治制度的にはこの段階でヨーロッパの先進国でありましたし、国内の抗争が「立憲君主制」
を生み出したとも言えるでしょう。
この後のイギリスの国家の軌跡を見ると、他のヨーロッパ列強に一歩先んじた政治体制と王室が
今日のイギリス国民の国に対するアイデンティティーの大きな要素になっているような気がします。

いよいよ現在の『ウインザー朝』につながる『ハノーバー朝』の始まりです。
今回は「はしょり」ましたが戦争は続いています・・・・。

[PR]
by futuregate3 | 2006-10-30 12:22
<< ノルマン人って何者? イギリスにUKでないイギリスが... >>