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英国の戦争の歴史(ⅩⅦ)-オーストリア継承戦争-

英国の戦争の歴史(ⅩⅦ)-オーストリア継承戦争-
オーストリア・イギリス・オランダ・・・

プロイセン・フランス・バイエルン・スペイン・・・の戦い

オーストリア継承戦争といいますが、実質的には『神聖ローマ帝国』
継承戦争なのですね。『神聖ローマ帝国』、1806年まであったんですね。

           


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オーストリア大公マリア・テレジア


 パプスブルク家により現在のドイツを中心に諸国連合として細々と命脈をつないでいた神聖
ローマ帝国の跡目争いです。(古代ローマ帝国とは実質的に何の関係もありません。)
オーストリアを実効支配していたオーストリア王国=パプスブルク家の当主で、オースリアの女帝である
「マリア・テレジア」の継承に反対するフランスと、当事者オーストリアとの戦いに発展します。
イギリス・オランダ・ドイツ諸侯国家のプロイセン・バイエルンなどが敵味方に分かれ、絡んでいきます。
歴史の本によってはマリア テレジアの夫であるオーストリアの皇帝が当事者であるよう書かれていますが、
彼は養子で実質的な力はありませんでした。

 少し複雑ですが、当時のオ-ストリア・ドイツは法的には神聖ローマ帝国(実体はほとんどなく名目的)
ではありましたが、実効支配は、プロイセン、バイエルンなどの諸侯国家、パプスブルク家の
オーストリアが支配していました。

こうして1740年から8年間の間、ヨーロッパ全体を巻き込み戦いが始まりました。
ヨーロッパでの戦況は5年間で大きな戦いが6回もありましたが、一進一退でなんとなくフランスに
部の悪い形で終結します。同時進行でインド大陸、北米大陸も含めた地球規模の戦いに発展していきますが、
こちらのほうは大きな変動を起こしていきます。次回はインド大陸に目を移します。


それにしても、『 ”ローマ帝国皇帝” という呼称は何年もの間、国と自らのすべてを賭けて戦う価値のあること』
なのですよ。・・・彼ら、当時のヨーロッパの旧体制の人達にとっては・・・。
ヨーロッパで最も先進的な政治体制にあったイギリスが、外聞も無く、フランスとの政治の力学上の問題で
オーストリアと連合したのもよく分かりません。歴史上に見る、フランスとイギリスの仲の悪さは
すごいですね。

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by futuregate3 | 2006-11-01 14:46
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