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英国の戦争の歴史(ⅡⅩⅤ)―エルバ島流刑―

英国の戦争の歴史(ⅡⅩⅤ)-エルバ島流刑―
~流刑なんでしょうが、『流刑というのとは少しイメージが違うようです。』


 ライブツィヒの敗戦から、5ヶ月足らずフランスは同盟国軍のパリ入場を許します。
1814年4月にはフランス元老院のナポレオン廃位宣言を受けて、9日後にはナポレオンは
退位宣言に署名します。あっという間の出来事でした。
         

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パリに入城するロシア軍


 エルバ島に捕らえられ、罪人として流刑になるというのが私たちの知っている高校世界史の
教科書で学んだ内容ですが、流刑は流刑でも少しイメージが違うようです。
 実質的には、「地中海でも比較的大きなエルバ島の領主として追放された。』ぐらいのイメージです。
フランス皇帝退位の条件が、ありました。
 年金が一年当たり200万フランの 皇帝の称号の保持 400人の親衛隊の保有
・・・・の以上の条件でした。元フランス皇帝ということからすると『大幅格下げ』でしょうが、流刑とは少し違います。
残念ながらこの条件の記された文書の減便でどのような語彙が使われているかは
わかりませんが、『日本語に訳すと”流刑”ということなのでしょう。』
                
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退位直前のナポレオン

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by futuregate3 | 2006-11-15 13:10
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