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英国の戦争の歴史(番外編)-トルコ人は日本びいき-

英国の戦争の歴史(番外編)-トルコ人は日本びいき-
敵の敵は味方、これ国際関係での常識です。地球規模の大戦争クリミア戦争


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赤い部分がクリミア半島、青い部分は黒海

 トルコ人は大の日本人びいきです。ロンドンで意外に多いのが、トルコ人の男性と日本人女性の
カップルです。日本人女性を彼女とすることは、彼らトルコ人男性から言うと自慢のようです。
 トルコには、Togo通りやNogio通りが実在するなんてまことしやかな『嘘』が昔からありますが、
お年寄りの中に、TOGOさんやNOGIさんがいるのは本当のお話です。これは「日露戦争」で、
日本がトルコの宿敵、「ロシア」を打ち破ったからなのです。
 それともう一つ、1890年の「エルトゥール号遭難事件」があります。今でもトルコでは子供でも知っている有名な話です。
これはトルコの親善大使を乗せた同号が和歌山県、串本沖で遭難し、地元の漁民に救助されて
厚く保護されたことによります。この種の話はこの時代に実は多く日本人の国民性がこの時代には
国際親善の舞台で発揮されることがよくあり、以後ある時代までは多く見られました。
明治の日本人はその意味で比較的国際性があったようです。
ともかくこの二つの要因からトルコでは今でも日本の評判が高く、基本的にはわれわれが感じる
何倍も日本びいきのようです。
                
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ナイチンゲール

 「ナイチンゲール」で有名なクリミア戦争は、基本的にオスマントルコ帝国とその北方の脅威であり続けた
ロシア帝国との間に戦われました。トルコ側についたのは、イギリスとフランスです。世界規模の戦争になります。1853年から1856年の間クリミア半島を主戦場に戦われました。

 実はこの戦争、幕末の太平洋・日本近海・カムチャッカ半島沖でも展開されていました。
幕末の諸外国との交渉のように日本史などでは書かれていますが、ロシアの極東艦隊を攻撃する
目的で日本近海に派遣されてイギリス艦隊だったりしたのです。クリミア半島だけでなくドナウ川流域を
含む広い地域で戦われました。19世紀最後の大規模な戦いでした。英・仏両国の艦隊がバルト海に
突入したりしました。

この戦争意外なところで今日の男性ファッションに関係します。ラグラン袖のコート、カーディガンといえば
男性ファッションのある意味基本になっていますがどちらもこの戦争でイギリス軍を率いた
ラグラン将軍・カーディガン将軍の考案です。

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      イギリス発祥の男性ファッションの多くはイギリス陸軍の将軍の考案が多いようです。
前に書いたウリントン将軍も靴を考案しています。

 いずれにしても、オスマントルコ帝国は北からのロシアの脅威を常に受け続けました。
そのロシアを極東の局地戦とはいえ、打ち破ったに日本にトルコ人は熱狂したということです。
ひょっとすると、この時代の日本は今日より世界の前面に出ていたのではないでしょうか。
余談ですが、ロシアの文豪、あの『トルストイ』もこの戦争に参戦し、その戦いを作品にしています。

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by futuregate3 | 2006-12-25 15:42
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